言葉は同じ言葉であっても、その使う場面やその人の心情によって意味が変わります。
漢詩には、山紫水明を詠ったものが数多くありますが、ただ景色の美しさを詠んでいるわけではありません。
厳しい運命の中で翻弄される自身の悲しみや怒り、また自分を慰撫するもの、鼓舞するもの、その感情は様々で、その心情を訴えるからこそ、その詩は人の心に響くのです。
その言葉の背景を知ることによってこそ、その意味を深く理解しうるのです。
「地塘生春草 園柳變鳴禽」
「地塘(ちとう)には春草生じ、 園柳には鳴禽(めいきん)變(へん)ず」
池の堤には春の草が生え、庭の柳で鳴く鳥の声も春の鳥の声に変わった。
春の長閑な風景の詩のようですが、この作者の謝霊運は身の不運を憂いながら、過ぎていく時間を虚しく思う中でこの詩を書きました。
美しい景色が返って作者の胸を痛める、そんな情景を忍ばせる詩です。
参考文献 新釈漢文大系(明治書院)文選(詩篇・上)登池上樓 謝霊運
同じ春の景色でも感じ方は様々です。
国語でも、文章を読むときに、その背景と心情を考えながら読むことができるかが大切です。
